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☆高鍋大師の面白石像のいくつかです。
これは大分の石工たちと小丸川の河原で石を刻んでいたときの様子です。
中央が岩岡翁でしょう。
岩岡翁は個人の肖像もかなり彫っています。
これは木城村の村長だった津江市作氏の101歳の長寿を記念した肖像です。
私は津江市作氏には個人的な思い出があります。
津江市作氏が亡くなった当時はまだ土葬が主でした。
あるとき、墓碑を立てる仕事を手伝っていたとき、天秤棒で墓石を担いでいた私の周囲の景色が急に上昇しました。
私は墓石の重みで墓穴に落ち込んでしまったのです。
その墓穴は津江市作氏のものでした。
私が落ちた衝撃で骨壷の蓋が割れました。
そこには真新しい津江市作氏の遺骨がありました。
つまり、私は津江市作氏の埋葬後に津江氏の遺骨に触れるという稀な経験をしたのでした。
岩岡翁の最高傑作、”スサノオノミコト”
このど迫力!
この可愛らしさ!
この石像は先年の大雨で屋根が陥没するまで、本堂の屋根の真ん中に鬼瓦として載っていたものです。
大きな立像の背面にもこんなにたくさんの仁王像が彫られています。
これも今回の新発見でした。
まるでインドや東南アジアの遺跡のようです。
このほかにも面白い石像がたくさんあります。
岩岡翁の彫った石像は700体とも750体ともいわれます。
町内の辻角や墓地にも岩岡翁の石像は見られます。
こんなド素人の石像がどうしてこんなにも人々の心を惹きつけるのでしょうか。
本当に見ていてまったく飽きないし、圧倒されてしまうのです。