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前半は彼女の行っているワークショップの紹介、後半は自身の作品の紹介でした。
撮影禁止だったので(多分、作品紹介のときの問題か)画像は自己紹介のときのものだけです。
終了後に少しお話させていただきました。
☆昨日の午後は県立美術館の<青木野枝>アーティスト・トークへ出かけました。
☆終了後に空港へ向かいました。
韓国からやってくるSicko夫妻を迎えるためでした。
丁度同じ便で、町内会の婦人会旅行で韓国へ行っていた妻たちが帰ってきましたので、彼女たちを公民館長の私が出迎えることになりました。
Sicko夫妻もインチョン空港で顔見知りの妻と一緒になって心強かったようです。
ところがなかなかSicko夫妻が出てきません。
妻たちがとっくに家に戻ったであろうころになって、キャンプでやってきた韓国の野球チームの後にようやく出てきました。
なんでも税関で荷物をすべて開けさせられたとのことです。
無事にSicko夫妻を迎えて、石井友愛社へ向かいました。途中で唐木戸陶苑の甲斐氏を拾って、友愛社の大原館へ到着しました。
大原館では児嶋理事長と英語堪能な女性二人が料理を準備して待ってくれていました。
これから約3週間余をSicko夫妻はこの大原館で過ごします。
その間の彼等の予定等について通訳の女性たちを介して打ち合わせをしました。
実は上の画像をUPした直後に、ある方から不思議な指摘のメールが届きました。
午後に友愛社のパソコンでSlavaにこの画像を見せましたら、彼女はボロボロ涙を流して止まりませんでした。
それで私はなぜSlavaがここに来なければならなかったのかを理解しました。
そして何故この茶臼原の地に石井十次が理想郷を求め、大原孫三郎が別荘を建てたのか(Slavaたちの宿泊している大原館は大原孫三郎の別荘)もわかりました。
Slavaは私に案内されて4年前にたまたまこの地にやってきたのではなかったのです。
児嶋理事長が常々言っているように、みんなこの地に導かれてきているのです。
下の画像と較べると何がどうなのかがお分かりになるでしょう。