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☆無事に帰国しました。
しかし宮崎空港の税関で荷物検査に引っかかり荷物を開けさせられました。先日のSicko夫妻と一緒です。
結局、私が最後の税関通過者となり、午後1時からの高校美術部会の教材研究授業の開始時間には間に合わなくなりました。
その旨担当の先生へ連絡し、何とか少し遅れの会場入りでレクチャーを始めることが出来ました。
高校の美術の先生たちへの立体造型の教材研究で、私は発泡スチロールを素材に選びました。
授業の中で、生徒たちにどう立体表現への導入・展開をしていくか、がテーマです。
石や木をいきなり彫らせるのもなかなか大変だし、発泡スチロールでの造型から様々な展開の仕方を考えていけば使ってみる価値のある素材です。
先生たちはこうした体験は初めてで、私が危惧した不安を打ち消すように、一所懸命に楽しんでやってもらえました。
あくまでも形を作って終わりではなく、どういう展開で立体に取り組ませるか、そして形になったものをどう先の展開に持っていくか、で取り組む楽しさが変わってきます。そのことをある程度伝えることが出来て、教材研究授業は成功したのではと思います。
ちなみに、私の作った参考作品です。
☆高校を出て、帰宅し荷物を片付けて友愛社へ向かいました。
Sicko夫妻は夕暮れてもまだ教会で作業をしていました。
なかなかよいはかどり方でした。
私の不在中は周囲の皆さんにとてもよくしてもらって、快適な毎日だったと言うことです。
大原館へ戻って、韓国での「たまゆら」の画像を見せました。
Slavaは自分のデジカメでも撮りたい、と言います。Slavaは私に自分のカメラのシャッターを切ってくれといいます。しかし教会や泉や大原館でも今日はたまゆらは現れなかったので、今日は無理だと言いました。
夫妻はSlavaのPCのトッポチアンキーの画像をチェックし始めました。
そうしたら、なんとあの忘れがたい一夜となった自然保護区でのパーティー画像にすごい数の「たまゆら」が写っているのです。それどころか、それ以前の古い家の中ですでに「たまゆら」が写っているし、先のMosanシンポジウムの画像にも「たまゆら」が写っているのです。
そして彼等がこの大原館で撮った写真にもいくつかの「たまゆら」が確認できます。
なんと言うことは無い、Slavaはすでに早くから「たまゆら」を写すことが出来ていたのです。本人はまったくそのことに気が付かなかっただけの話なのです。
私はSlavaの感度に影響されただけなのですね。
それからこの丸いのが「たまゆら」だと教えてくださった方も以前から「たまゆら」が写る人で、私はこの2人から影響をうけただけなのでしょう。
今日は友愛社でのフラッシュ画像には何も写らなかったので、今日の大原館はエネルギーが沈下してるのだと思いましたが、こうしてPCに取り入れてみるとそうではないのです。
この画像のSlavaの左手に「たまゆら」が写っていますし、庭にもかなりの「たまゆら」が写っていました。薄いのでデジカメのモニター画面では気が付かなかっただけなのです。
それで私自身も実は以前からそうと知らずに、「たまゆら」が写りこんでいたのではないか、とスロバキア滞在を限定してチェックしてみました。
そうしたらやはり「たまゆら」のことをまったく知らない時期だったので気がつかなかっただけで、色んなところにすでに写っているではないですか。
自然保護区でのパーティーはもちろん、石材店での台座石切削の場面、ホテルのレストラン、挙句には尾てい骨を痛めて最悪の状態だったMilenのサマーハウスでのHaideの周りなど・・・・
私はスロバキアへ行ったときから徐々に「たまゆら」が写るようになっていたのです。
☆今日の午前に、個展に出品した”風の門”を買ってくださった町内のYさん宅で設置作業をしました。
茶室に面する中庭への設置で、搬入には玄関土間を通らなければなりません。つまり機材は使えませんので重い台座石を人力で運ばなければなりません。独りでは出来ない作業ですので、夏休みで帰省中の長男の手伝いを頼まなければなりませんでした。長男は今日のカーフェリーで帰る予定でしたので今日の設置がタイムリミットでした。
この”風の門”は1993年に宮崎空港に設置したモニュメントのマケットですので、制作してから15年後のお嫁入りと言うことになりました。
徳島へ帰る直前に重労働をさせられた長男でしたが、無事、夕刻のフェリーで発ちました。
連休最終日と言うのに、がらがらの客室だったそうです。
☆今日は台風の影響もあるのか一日大雨でした。
どこからか工場の床に水が浸水してきて、コンセントなどが水浸しになって感電するところでした。
いまかかっている仕事は個展に出品する予定の”The door of the wind”の小品なのですが、扉の部分にダイヤモンドカッターが上手く入らないので非常に雑な見苦しい仕事になっていたのを、手直ししています。
外形のなだらかなアールの形にダイヤモンドのカッティング線はとても有効なのですが、小さくて道具が使えないのでどうしたものかとあれこれ思案しました。が、道具が使えないのでは手でノミを使うしかないので、常識的な仕上げですがノミではつって仕上げることにしました。
やってみると、常識的な仕上げですが、やっと見れる作品になりました。
やはり扉の開口部を広げると、中近東のイメージからインドのヒンズー寺院の遺跡のイメージになってしまいます。
それはそれでよいのかも。